カミナリグモブログ:晴れときどきカミナリグモ
『修理のおじさん』より着想を得てショートショートを書きました。
http:// kaminar i-gumo. jugem.j p/?eid= 1443
『僕』や『おじさん』についての詳しい外見などはあえて省いています。
それぞれお好きな『僕』と『おじさん』を当てはめてお読みいただけると、
楽しいかもしれません。
『修理のおじさん』より着想を得てショートショートを書きました。
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『僕』や『おじさん』についての詳しい外見などはあえて省いています。
それぞれお好きな『僕』と『おじさん』を当てはめてお読みいただけると、
楽しいかもしれません。
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10月も半ば、火曜日の昼間。
「すいません、またお願いします」
僕が少しくだけた挨拶で迎え入れたのは、いつも来てくれるガス会社のおじさん。
このおじさんに会うのは、もう何度目だろうか。
毎年、食器を洗うのにお湯が恋しいこの季節になると、僕の部屋の給湯器は何故か必ず調子をおかしくしてしまう。そのおかげで秋といえば給湯器と、それから今僕の部屋の台所で収納扉を開けて、中の古い配管と向き合っているおじさんの顔を思い浮かべるようになった。
どうやらこういうのは建物単位で担当が決まっているようで、僕がここに引っ越してきて初めて修理をお願いした数年前からずっと、このおじさんが来てくれている。年に一度のつきあいでしかないけれど、同じく年に一度年賀状のやりとりしかしない程度の友人たちよりはよほど縁が濃いかもしれない。
__そう感じているのは僕だけだろうな
何となくそんな風に思っていたけれど、そうやって僕が作った勝手な壁に、こつんとひびの入る音がする。それがおじさんから僕にかけてくれた言葉だと分かるのに、少し時間がかかってしまった。
「お兄ちゃん、学生さん?」
「……え? ああ、いや」
まさか話しかけられるとは思わず、歯切れの悪い返事。
確かに平日のこんな時間から部屋に居れば、そう思われるのも仕方ないかもしれない。だけど僕もいい歳だ、それが何だかおかしくて、おじさんから話しかけてくれた嬉しさも手伝ってか、僕は少しだけ早口になる。
「僕、三十ですよ。音楽やってるんです」
「そうかあ」
__こつ、こつん
小さく入った壁のひびが、またちょっと大きくなる。おじさんは背中を向けたままだったけれど、嬉しそうに声を返してくれた。その『嬉しさ』が気になって、そこで終わらせることも出来た会話を、僕はもう少しだけ続ける。
「だから週末はなかなか時間が取れなくって、変な時間ですみません」
「いやあ、構わないよ。……実は俺もさ、若い時に似たようなことやってたから。時間無いの分かるよ、大変だよね」
「へ?」
今度は思い切り間の抜けた返事。ステージでのアドリブには大分強くなったと思いたいのだけど、どうもこういう時にはうまくいかないらしい。何というか、今まで顔を合わせるうちに出来上がったおじさんのイメージや、失礼だけど外見の印象からはどうにも……音楽やステージ、みたいな単語は浮かばなくて。
「バンド、やってたんですか?」
「いいや、俺は役者の方。意外だろう」
そんな僕の心などお見通しといった感じで、おじさんが笑う。ちょっぴり自虐的な言葉選びだったけれど、その雰囲気にひねたものは感じさせない。すごく、なんていうんだろう、僕が言うのもおかしいけれど、いい歳のとり方をした人なんだなと思う。
「すみません」
「いいよいいよ。けど、そうか。三十か」
「?」
「俺がやめた歳よりも上なんだね」
おじさんがさらりと、少し嬉しそうに口にした言葉は、受け取った瞬間にずしりと重みを持って僕の心に落ちてきた。
__そうか、この人は
「今も大概厳しいだろうけど、昔なんかもっと食えなくてね」
「……わかります」
わかります?
何をだ?
僕がわかるのは、僕が感じてきたことだけ。
おじさんがどんな気持ちで役者を続けて、どんな誇らしさで舞台に立つ為の努力をして、どんな思いでそれをやめていったかなんて本当にわかるわけがない。だって僕は、まだやめていないのだから。
「子供が出来てさ、いよいよ続けてられなくなったんだよ」
「なるほどなあ……」
まるで上の空と取られても仕方のない返事に、我ながら笑ってしまう。聞いているつもりなのだけど、考えが追いつかないときにはどうしても返事が疎かになってしまうらしい。そこで途切れてしまうかと思った会話が、おじさんからの一言でまた繋がる。
「まあでも、嫁と子供食わすのに働くのも楽しいよ」
「そっか。……なんか、いいですね」
「だろ」
こんな風に、途中まで僕と似た道を歩んでいた人が、今はそれを捨てて普通の生活をしていて、僕が歌っていないときの生活を支えてくれている。今その偶然に出会って、なんだか妙な気持ちではあったけれど、きっと僕が知らないだけで、本当はもっとたくさんの人が色んなものを捨てて今を生きて、僕の生活に少しずつ関わっているんだろう。そう思うと、いつもステージから見ているお客さんたちの顔が思い出された。みんなそれぞれの生活があって、それぞれの縁で僕に関わってくれることを、今更ながら実感する。
おじさんは少しだけ奥さんとお子さんのことを話すと、満足そうに言葉を切って作業に集中し始めた。東向きの窓の外では、近くの小学校で鳴っている中休みのチャイムと子供たちの歓声が響いている。
さっきまでのおじさんの言葉に、表情に、嘘は無かった。無かったと思いたい。だからこそ聞きたくて、だけど聞けなかったひとつの問いがもやもやと頭に残る。
「(もし、やめてなかったらって思うこと、ありますか……?)」
やめてない自分だから思いついてしまう、不躾な問いだと分かっている。僕は口を引き結んで、おじさんの作業が終わるのをじっと待った。
本当は、おじさんに聞きたいことがもっとあるはずなのに。
「……」
僕は何も、言えないでいた。
◆
やがて中休み終了のチャイムが鳴り、子どもたちの声は潮が引くように消えていく。その代わりのように残ったおじさんの作業音も少しずつ静かになっていった。
気づけば、錆びて古くなっていた基盤の配管は真新しいものに交換されていて、これならもしかすると来年はおじさんを呼ばなくてもいいんじゃないかと思えるほどの仕上がりになっていて。
「さ、出来た。お湯も出るね」
「ありがとうございます、助かりました」
立ち上がり腰を叩くおじさんにお礼を言い、作業確認書にサインする。これでしばらくはおじさんともお別れだ。おじさんに言いたいこと、聞きたいことをずっと考えていたけれど、結局言葉には出来ないまま、僕はおじさんを見送るべく玄関先までついて行く。
「ありがとうございました、お気をつけて」
「兄ちゃん! 頑張んなよ」
「!」
おじさんの意味ありげなニヤリ笑い。また、見透かされたような気持ち。一瞬、僕はあれからおじさんに何か問いかけただろうかと記憶をたぐる。そんなことは無いはずだけど、おじさんから、僕が欲しがってた答えをもらえたような気がして、思わず顔が綻ぶ。
「頑張ります」
きっといつだって、そうとしか返せない。おじさんはそのことを知っている人なんだろうな。
【おわり】
お読みいただきありがとうございます。
【おわり】
お読みいただきありがとうございます。
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プロフィール
HN:
瀬島
性別:
非公開
自己紹介:
ツクモガミネット運営のPBW
『螺旋特急ロストレイル』
『銀幕★輪舞曲(運営終了)』
所属ライターです。
納品報告、サンプル文章、プレイヤーの皆様に知っておいてほしいことなど、ちまちまと載せております。日々のどうでもいいことはツイッターでつぶやいています。
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